fly fly fly

 

ぶんぶんと蝿がうるさい。私はうっすらと目を開けた。視界がぼんやりとかすんでいる。日差しが目に痛い。あぁ、のどが乾いた。私は日差しから目を守るために両手を挙げようとしたけれど私の両手は力なくだらりと垂れた。あぁ、蝿がうるさい。もうすこし河のそばに行きたいのに。歩けそうにない。私は目を閉じた。

さっきよりもひどくうるさくて、私は再び目を覚ました。のどがカラカラだ。寒い。暗い。いつのまに夜になったのだろう。音楽が聞こえてくる。ふらりと首を傾けると隣に少年がいた。少年のわきを腹のおおきな牛がのっそりと通りすぎる。少年の周りにも蝿がびっしりと寄っていた。少年は目を閉じている。生きているといい。歩いていた男が私を見て寄ってきた。一張羅のサリーに汚い手をかけないで、と思うのだけれど体が言う事を聞かない。男は私を覗き込み、そのまま私の性器に手を触れた。きっとカラカラだ。そう思ったのに、男が性器から取り出した手はぬらぬらと光っている。あぁ、私は目を閉じた。

私のそばには牛が丸まっている。首を傾けるととろりとした目を開いた少年がいた。

「もうすこし河のそばに行きたい」

少年が言った。

「わたしも」

かすれた声がそれでも出て私は安心した。

「僕の名はパカルっていうんだ」

「私の名はマヤ」

「そうかぁ、いい名前だね。きっと死んだら水になるんだね。もう乾く事もないね」

私は曖昧に微笑んだ。

「僕は悪い事一つもしなかったから。次はすごくお金持ちになると思うよ」

少年は力なく微笑んだ。

「あついね」

「うん」

「蝿がたかるから痒くて」

そういって少年は自分の手首に目を落とした。手首から先はない。皮膚がくるりと円を描いている。そこに蝿がびっしりとたかっていた。

「その杖は君の右足?」

「うん」

私の右足もひざから下がこんもりと丸くなっている。そこにも蝿がびっしりたかっていた。

「もう少し話しても良い?」

そういって少年は私の返事を待たずにゆっくりと話し出した。

「僕の両親はとても仲が良いんだ。いつもけんかしていたけれど、本当は仲が良いんだ。母さんはいつも僕を広場につれてってくれた。僕はそこで両手を通る人にかざすんだ。運が良いとけっこうお金を貰えたけれど、貰えない時は家に帰ると父さんにひどくぶたれた。痛かったなぁ。父さん、お金がないと悲しかったんだ。お酒が買えないからね。父さんはお酒がすごく好きだった。僕らはいつもお腹を空かせていたから、兄さんは父さんが酒を飲むのをいやがっていたけれど、僕は酒を飲んで上機嫌の父さんが好きだった。学校も楽しかった。途中までしか通わなかったけれど、先生は僕にマンデイってあだ名をつけた。僕がいない日曜日は寂しいけど、僕がいる月曜日は嬉しいからだって言ってた。僕はよく笑う子だったから。だから嬉しかったんだろうね。学校にはラマって女の子がいて髪が長くておとなしくてかわいかった。君は少しラマに似ている気がしたから君の横にいることにしたんだ。ねぇ、聞いてる?」

「うん、聞いてるよ」

「ぼく、生まれ変わってお金持ちになったら君と再会して結婚しよう。いい?」

「うん」

「よかった。ぼくなんだか疲れたよ。とっても疲れた。でももう少し話していてもいい?」

「うん」

「でも、何を話せば良いのか分からないや。・・・ねぇ、君はまだ動ける?」

「動けない」

「ぼくまだ動ける気がするんだ。もう少し君のそばにいっても良いかな?」

「うん」

少年はずるずると体を動かして私の横にぴったりとくっついた。

「ねぇ、手を握って欲しいんだ。ぼく怖い。寒いし。ちょっぴり怖いんだ」

少年はそういって私の手に自分の手を重ねた。

「君がいてくれて良かった。とても寂しい気持ちになっちゃうところだったよ」

少年は目を閉じ私の肩に頭を乗せた。

「私もあなたが来てくれて良かった」

少年の寝息を聞きながら私も目を閉じた。

目を覚ましたら、少年の全身にびっしりと蝿がたかっていた。少年のまぶたの中にも蝿が侵入しようとしているのを私はぼうっと見た。目を上げると太陽が黒かった。老婆がやってきて私の前にしゃがみこんだ。

「おじょうちゃん、隣の坊やはもう死んだよ」

うん、と言おうとしたけれど声が出ない。

「かわいそうに」

老婆は少年の体を横たえると小さな背中に私を背負った。

「せめて河の側までいこうね。もう少しだから」

老婆の背中は骨ばっていていたかったけれど温かかった。

河からの風が私の頬をかすった。目を開けたけれど何も見えない。でも河の音と祈りの歌が聞こえる。

「河だよ。火葬場のすぐ側だよ」

老婆は私をそこで下ろして、立ち去った。蝿がまたやってきた。私の体は河に帰るのだろうか。それともこのまま蝿達の餌になるのだろうか。のどがからからだ。体中が痛い。まだ死にたくない。けれど。私は目を閉じた。ふいに周囲の音が静まった。私は生まれ変わったら何になりたいだろう。まぶたの裏で、広く雄大な河を私の一張羅のサリーが流れていくのを見たような気がした。

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